スピッツの「夜」を聴きながら帰った日。
こんばんは。
よあけるなです。
今日は、帰りにスピッツを聴きながら歩きました。
私は13歳のころからスピッツが好きで、かれこれ12年ほどファンで居続けています。
最初にハマったのは、『君は太陽』という曲。
この曲をリリースした年(2010年くらい?)に、スピッツはMステに出演してこの曲を演奏していました。
当時中学生の私はスピッツを知らなかったですし、そもそもJPOPに興味がなかったのですが、スピッツの演奏の時は画面に釘付けでした。
まず、ボーカルの草野マサムネさんの透き通った声や、キラキラとした目元に惹かれました。「不思議な魅力を持っている人だな」と思いました。
そして、演奏の安定感と圧。優しい曲なのに、芯がある感じ。
あと、「変な歌詞だな」と思いました。
「変」とか言うと怒られてしまうかもですが、本当にそう思ったんです…
だって、『君は太陽』の歌詞、正直何を言っているのかまったくわからなかったんですもん…。
当時の私は、「JPOPの歌詞=説明調である」と思っていました。
たとえば、
君と出会った。運命だった。どこどこで待ち合わせした、デートした。季節は春だった。でも君とは別れた、胸が痛い。君との思い出がまだこんなにも…。
みたいな。
(※あくまで一例です。説明調の歌詞を批判する意図はございません。)
でも、スピッツの歌詞は違いました。
あふれ出しそうな よくわかんない気持ち
背中をぐっと押す手のひら
斜めった芝生を転がっていくのだ
止めたくない今の速度 ごめんなさい
理想の世界じゃないけど 大丈夫そうなんで
(※『君は太陽』歌詞の一部を抜粋)
「よくわかんない気持ち」ってどんな気持ち?
背中を「ぐっと押した」のは誰?
てか、歌詞で「ごめんなさい」って!謝る人初めて見た!!
独特な歌詞に衝撃を受けた私は、それ以降、「スピッツ」というバンド名だけ記憶していたので、ネットで検索をして曲を漁り聴きまくりました。
(今思うと、「この時の自分、グッジョブ!」って感じです笑)
そして、歌詞にはどんな意味が込められているのか、小説を読み解くように、あるいは映画の考察をするかのように読み込み、ずぶずぶスピッツの世界へ入り込んで行きました。
(ちなみに、『君は太陽』の歌詞は未だにピタッとはまる自分なりの解釈が見つけられていません笑
まだまだ入り込む余地がある、ということでしょうか…。)
そして、今日聴いていたのは「夜」を冠する曲。
『夜を駆ける』と『紫の夜を越えて』。
スピッツの1曲を聴くと、まるで映画を1本見たような気持ちになります。
この2曲は特にストーリー性、メッセージ性が強いように思います。
『夜を駆ける』は、主人公2人の合わさっていく足音や息遣いが聞こえるよう。
また、切なくも熱のある表現に心を打たれます。
こちらは、真っ黒で闇の深い夜。真夜中のイメージなのかもしれません。
『紫の夜を越えて』は、瑞々しいイントロに心が洗われますし、めまぐるしい毎日の中を走り抜ける自分に対して、そっと寄り添ってくれるような、そんな温かさを感じます。
こちらは、紫の夜。明けていく夜のイメージがあります。
どちらも、夜の空気の中で聴きたくなります。
夜道でこの2曲を聴くと、なんというか…沁みるんですよね。
胸の砂地に。
興味のある方は、ぜひ聴いてみてくださいね!
スピッツに関する記事は、また書いてみようと思います。
今日はこのへんで。